時は1942年5月。
極寒と言われるソ連領にも、暖かな春が訪れる季節の事である。
私はパイロット育成訓練所を修了し、晴れて大空を自由に飛び回るパイロットとなった。
ただ・・・普通のパイロットと違うとすれば。
彼らは空を飛ぶために飛ぶのであって。私は戦うために飛ぶ戦闘機パイロットという点であった。
モスクワから乗り心地の悪い輸送機に乗ること数時間。
私の赴任するクリミア半島にある、セヴァストポリ前線航空基地に到着する。
時代の波は荒れに荒れ。我がソ連はドイツ第三帝国との防衛戦の真っ只中にあった。
私は補充兵として、第3軍戦闘航空軍団第296戦闘機連隊へ着任した。
私はなんとか無事にこの場所へと到着することができたのを幸運に思わなくてはならない。
なぜならこのセヴァストポリは、最前線に位置し、戦線はこの基地からわずか数㌔。
ドイツ軍の飛行場にいたってたは、更に十数㌔いくだけで存在するという、文字通りの地獄の最前線であるのだ。
赴任を告げる私だが、こんな前線基地で悠長に歓迎パーティーなど開かれることもなく。
すぐにこれから乗る愛機の説明を、先輩パイロットから受ける。
そして、ドイツ軍の戦術についても、たびたび警告がなされた。
彼らはいつも2機などの複数機の編隊を組み襲ってくること。運よく尻につけても、もう一機が必ずこちらを狙っているであろうことに気をつけろ・・・と。
ドイツ第三帝国との始めての交戦からの生き残りパイロットは口癖のようにいった。
彼らの行ったバルバロッサ作戦は、ほとんどが我々が離陸するまでに大半を撃破。防衛戦は決壊し、それ以来我々は防戦一方であると・・・。
開戦からすでに1年経っているが、我々は依然として苦境に立たされているのだと、痛感した。
滑走路へと足を運ぶと、我が軍自慢の戦闘機がいつでも離陸できるように並べられていた。
「これが貴官の乗る、我が軍自慢の第三世代新型戦闘機Yak-1だ。」
機体を自慢毛に撫でながら語る先輩パイロット。
緑の迷彩塗装と、我が第3軍戦闘航空軍のアートが描かれている。
これが・・・私の乗る機か・・・。
これから苦難を共にするであろう新しい愛機を眺めていたその時だった。
ウゥゥゥゥゥゥッゥウウウウウウウーーー!!
「!?」
何がおきたかも、私はわからなかった。
待機小屋からは、数名のパイロットが飛び出すように出てきて、この滑走路へと走ってくる。
混乱している私に編隊長が大声で叫んだ。
「新兵!!何をボサっとしている!!敵襲だ!!すぐに機に乗れ!!」
ゾッとした。これが戦争。
私の初めて経験する。敵からの奇襲攻撃であった。
すぐに私は愛機Yak-1「青の6番機」へと飛び乗る!
写真:滑走路へ並べられたYak-1.私の機は最後尾にある。
写真:私の新しい愛機Yak-1「青の6番機」。
「貴官の機はどん尻だ!せいぜい生き残れよ!」
そうはき捨てるようにいうと、編隊長は自分の機。最前列にある「青の1番機」へと乗り込んでいった。
慌てて飛行帽を被ると、内臓されたレシーバーからがなりたてるような無線がけたたましく流れていた。
「こちら1番機、各機エンジン始動。離陸に備えよ。」
「こちら地上管制、敵襲、敵襲。至急防空戦闘機隊は離陸せよ、繰り返す・・・」
「こちら一番機!地上管制へ!離陸許可を求む!」
「こちら地上管制、1番機へ。滑走路オールクリアー。離陸を許可する。」
「こちら1番機、了解。これより離陸する!」
1番機が土煙を上げて、滑走路をすべるように走り抜けていく。
そして、フワっと浮いたかと思うと、雲で埋まる大空へと離陸していった。
続いて2番機、3番機と離陸していく。
不運にも私は最後尾。敵機がすぐそこにまで迫っているのに離陸もできない状態だ。
混乱を避けるべく、各機が発進するのを待たなくてはならない!
私の訓練時代からの友、クレインが乗る5番機がエンジンを始動したその時だった!
「こ、こちら5番機!・・・じょ、上空に敵機!!!!」
私は慌てて空を見上げる。
上空には低空にいる僚機。地上で這い蹲っている我々をあざ笑うかのように黒い鍵十字が描かれたドイツ軍のMe-109が堂々と飛んでいる。
と、同時に五月蝿い地上砲火が航空基地の至る所から弾幕を張る。
やっとのことで5番機が離陸した。
こんな地上にいるまま・・・撃破されてたまるか!!
私はスロットルレバーを慎重に押し出した。
愛機に詰まれたVK-105Pエンジンが咆哮を上げる。
機体が揺れる。
先ほどまで止まっていた風景は後ろへ消え去るように横へと流れていく。
フラップればーを引きを離陸状態へ。
速度180㌔!
私は少しづつスティックを下へと引いていく。
機が揚力を得て、ふわりと浮いた。
私の初出撃が、今始まった。
写真:友軍の地上対空砲火弾幕が埋めつくす空へと離陸するいがらんぼー機。
すぐにギアーをしまい込み、フラップも閉じる。
エンジンがオーバーヒートを起こさないように、ラジエーターを全快に開き、旋回を開始する。
機の真横すれすれを、友軍の対空砲火が通過する。
同士討ちされないかと、気が気ではない。
はやる気持ちを抑えて、敵機の策敵へと移る・・・。視線を空を嘗め回すように左へ、上へ、後ろへ、右へと動かす。
そう、特に後方への見張りは怠らないようにとの先輩パイロットの言に従い。後方は特に慎重に見るようにした。
わが国の開発した高性能機、Yak-1は運動性能、速度共に申し分ない能力を持っていたが、いかんせん後方視界が悪い。せめてバックミラーがついていれば・・・と悔やまれる。
と、その時だった。コウピットから2時方向に、友軍機の放つ緑色の曳光弾の弾幕が見えた。
スロットルを最大へ!緩降下で速度500㌔まで上げ、私も追撃に参加する。
航空機の機銃は通常、貫通弾、曳光弾、炸裂弾の三種類を組み合わせて装弾されると聞くが、曳光弾がこんなにも輝いて見えるとは思わなかった。
妙な驚きを感じながらも、私は敵機・・・というのも機種不明といった方が正しい・・・。
を、照準に抑える。
はやる気持ちを抑えて慎重に照準する。
確か目盛りごとに敵機の予測進路へ叩き込めるようになっていたはず・・・
敵機が斜めにふらついた瞬間を狙い。私は第1、第2機銃の射撃ボタンを押しっぱなしにした。
愛機に搭載された20mm機関砲×1、7.62mm機銃×2が咆哮する!
緑色の曳光弾が敵機へと吸い込まれるように飛んでいく。
写真:機種不明の敵機を初撃墜するいがらんぼー機。
敵機の破片が私のコクピット周辺にまで飛び散ってくる。
小刻みに発射ボタンを押し、的確にダメージを与えていく。
敵機のキャノピーが弾け飛んだ。
と、同時にバランスを崩したように海面へと吸い込まれていく敵機。
彼は大きな水柱を上げると姿を消した。
「6番機うまいぞ。良くやった。」
編隊長にほめられるが、正直私には実感がなかった。
しばらくして、初撃墜の喜びに酔いしれたが、ぬか喜びはしていられない。まだ戦闘は始まったばかりなのだから。
写真:再び敵機を求めて策敵行動に移るいがらんぼー機。雲が非常に美しい。
しばらく指定航路を巡回するが、はじめの奇襲攻撃に来た敵機のみで、もうほかに侵入してくる敵機は見当たらなかった。
そこで私は独断で警戒網を引く事にする。
おそらく奇襲は囮であり、そこで気を引いているうちに、セヴァストポリ航空基地から少し南に位置するフチサライにある工業地帯を爆撃にくるのではないか・・・と。
写真:フチサライ工業地帯を旋回して網を張るいがらんぼー機。
もう何十分飛び続けただろうか、依然として、何も来る気配はない。
とのその時だ。
フチサライから少し西の海面に小さい。とても小さい黒点が2つ見える。
別の作戦活動中の友軍機かもしれない・・・。
そう思いながらも私は最大戦速で追撃する。
薄っすらを機影が見えてくる。
おかしい。
少し翼が逆「へ」の字に曲がり、車輪は出しっぱなしの機影・・・。
本能が告げる。
あれは友軍機ではない・・・と。
さらに接近を試みる。そして正体は判明した。
ドイツ軍のJu-87急降下爆撃機!!
翼面下に爆弾がないことを見ると、すでに攻撃後で帰還中なのであろうか。
そんな事にもおかまいなしに、私はJu-87を照準機に抑える。
敵機に気づかれないように。敵機下後方より接近する。
至近距離での攻撃になるが、あの爆撃機に搭載されている後部機銃で攻撃されたら、たまったものではない。
敵機は依然、こちらに気づいた素振りすら見せない。深呼吸して、私は射撃ボタンを押した。
発射炎と、射撃の反動で機内が揺れる。
Ju-87の左翼に集中弾幕を命中させる。と、同時に。
写真:Ju-87急降下爆撃機への不意打ち。左翼へ命中弾多数被弾し、左翼が砕け散るJu-87。
写真:愛機Yak-1の射撃照準機にJu-87を補足し、攻撃中のいがらんぼー。
そのままJu-87は錐揉み状態となり、海面へ大きな水しぶきをあげながら突っ込んでいった。
脱出者は確認できず。
続けざまにすぐ11時方向を飛行中の二機目のJu-87へ機首を向ける。
こちらはすでに先ほどの攻撃で気づき。必死に防御砲火を放ってくる。
エンジンに少数被弾するが、構っては入られない。
すぐに照準機へと補足し、射撃。そのまま通過する。
写真:いがらんぼー機の攻撃を受ける二機目のJu-87.ラダーが弾け飛ぶ。そのすぐ上方を通過するいがらんぼー機。
致命弾は与えられなかったか!?
すぐに急旋回を行い。Gが掛かる中、必死にJu-87へ目視しながら回り込もうと試みる。が。
突如急降下を始めたと思ったら、二機目もそのまま海面へ吸い込まれるように消えていき。そして水柱を立てて消えていった。
晴れ渡る空には、周りに何もいなくなっていた。
エンジンは多少被弾するも快調に動いていた。
そしてほっとため息をつき。
「こちら6番機いがらんぼー・・・。帰還する。」
セヴァストポリ航空基地への帰還航路へと戻っていく。
雲霞を抜けるともうそこには、セバストポリ航空基地が見えた。
私は生きて帰ってこれたのだ。
写真:セヴァストポリ航空基地上空へたどり着くいがらんぼー。
基地の上を通過する。このまますぐに着陸するわけにはいかない。
これも先輩パイロットの言であるが・・・。
すぐに着陸しようと試みると、見張りが疎かになり、送り狼や、潜んでいた敵機に食われ散っていくものが後を絶たない・・・というらしい。
数回旋回し、敵機が完全にいない事を確かめ、地上管制へ連絡を取る。
「こちら6番機、地上管制へ、着陸許可を求む。」
「こちら地上管制、6番機の着陸を許可する。ほかの機に留意せよ。」
「こちら6番機、了解。これより着陸に移る。」
最適な着陸ルートを維持し、フラップを一気に下げ、着陸状態へ移る。
迫る滑走路。コクピットではエンジンが邪魔して下方が見えないので、多少滑走路に対して平行な体勢で序々に高度を下げていく。
ドスンッという、着地の振動が、尻に響いた。
写真:見事任務を遂行し、着陸に成功するいがらんぼー機。
ゆっくりとブレーキを掛け、速度を30㌔にまで落とす。
そして滑走路から駐機場へと続く道へと移動する。
写真:滑走路から引かれている駐機場への道へゆっくりと機を走らせるいがらんぼー機。
地上員が誘導する中、ゆっくりとではあるが、駐機場へと滑り込む。
ブレーキを踏みしめる。プロペラは回っているが、それでも機はズズズ・・・と動きを止める。
そして・・・エンジン始動ボタンを切る。
カラカラカラ・・・と乾いた音を立てて、重いプロペラは数回転すると止まった。
飛行帽を取ると、汗でびっしょりになっていた。
1942年。5月・・・。
空はとても青かった。
写真:駐機場にてエンジンを停止するいがらんぼー機。安堵の瞬間。
基地を歩いて見渡すと、何事もなかったかのようだ・・・。
あの五月蝿い地上砲火音も、ほかの機のエンジン音も聞こえない。
しかし、被害はなかったわけではなかったようだ。
第2駐機場では、はじめの奇襲によって地上撃破された別のYak-1が悲しく頓挫していた。
写真:地上撃破されたYak-1。穴まみれにされ、炎上したのか、機体が黒ずんでしまっている。
そして・・・。同じ隊の同志の話では、クレインは戦闘中消息を絶ったそうだ。
隊員名簿には、本日戦死した2名の同志の名前と。
そしてクレインの「行方不明」という文字が、無情に書かれていた。
私の初戦闘は、友の死と。
友軍損失3機。敵軍損失7機。
そして私は連続撃墜3機の貢献により、昇格。
赤星勲章を授与される。
まだ・・・ドイツ第三帝国は攻撃の手を緩めようとはしないだろう。
これから襲い掛かるであろう苦難を想像すらもできずに、私は兵舎へと戻っていった。